戻る

 

NZの雑誌「Next」2001年8月号より。


雑誌Nextの表紙。左がHayley、右はお母さんのJill。

 

A star is BORN

Amanda Croppは、ゴールデン・ヴォイスを持つティーンエイジャー、Hayley Westenraに会う。

寒い冬の夜、オペラスターのDame Malvina MajorはCanterbury大学の個別指導用教室のグランド・ピアノの前に座っている。彼女の側に はスラッとしたティーンエイジャーが立っており、自信を持ってイタリア語の発音や呼吸法について議論している。そして、時々、スコアにメモをとっている。

彼女は母親から借りたジーンズと黒いジャンパーを着ており、週末にChristchurchのArts Centreでバスキングをして得たお金で買った明るいピンクのビーズの首飾りをしている。彼女の歌声は信じられないくらいピュアで、背筋 がゾクゾクするほどである。この子がそう、最近New Zealandで話題になっている、そして、まだ若干14歳の歌手、Hayley Westenraその人である。

少し前は、彼女は施設で無料で歌ったり、Singing Telegramの配布(歌手などに依頼して誰かのもとにメッセージを持っていってもらい、受け取る本人の前でtelegram(電報)の内容を演出するために歌を歌ってもらうというシステム)をしたり、オーディションに定期的に参加していた。スクラップブックには彼女のKid Buskers コンテスト時の模様が収められている。そこには、タータン・スカートとTバー・サンダルをはいたほっそりした8歳の女の子がいる。今と比較してなんという変わりようだろう。

2001年1月、彼女は、RotoruaでのENZSOコンサートで歌った。(このとき、Hollywoodのトップクラスのミュージック・コンサルタントが彼女のパフォーマンスを見に来 ていた。) 翌月、彼女はAuckland フィルハーモニア・オーケストラと一緒に、200,000人の観衆の前に立った。5月、ユニバーサル・ミュージックはショー・ミュージックやクラシック曲を 盛り込んだ彼女のCDを発売した。たった5週間で、NZでは空前のヒットとなる45,000枚を売り、その内4週はNZのヒット・チャートで1位になった。私がこの記事を書いている頃、彼女はクラシックの世界的レーベルDecca Recordsと契約をしていることだろう。

今、誰もが彼女のCDを購入したがり、彼女のエージェントには毎日30通ほどのEメールが届く。内容は、チャリティー・コンサート、All Blacksの試合、会社の設立式などへの招待である。最近彼女は、4桁の出演料を得ることができ、この長期スクールホリデイ((注)NZでは、6月下旬から7月上旬は学校がお休み)には、NZ国内9ヵ所のツアーをすることになっている。現在彼女は、パスポートさえ持っていない が、今年の後半にロンドンやドイツ、アメリカに行くことになるだろう。

おとぎ話のようだが、きらびやかなプロモーション・ポスターの裏側には、彼女のハード・ワークとキャリア作りのためのサポートがある。彼女の両親、JillとGeraldは、彼女や他二人の子供達、Sophie(11歳)、Isaac(8歳)の才能を伸ばすための 課外教育に約NZ$10,000(約550,000円)を1年間に費やしている。

しかし、両親は子供達に注いでいる時間や労力を惜しいとは思っていない。Geraldは、 彼が経営する宝石店での仕事時間を削って子供達と一緒に過ごすことは、財政上厳しいものである。しかし、彼は他の方法を取らない、と言う。「それは、確かに犠牲で す。しかし、子供に才能があれば、それを伸ばしてあげるのが親としての責任であると思っています。」

キッチンの冷蔵庫に貼ってあるタイムテーブルを見てみると、この家族の尋常ではない忙しさを物語っている。そのタイムテーブルには 、3人の子供達の1週間の18の習い事(フルート、ピアノ、ヴァイオリン、歌、バレエ、ジャズ・ダンス)が書かれている。Jillは、時々、自分は母親というより、タクシー・ドライバー なのでは?と感じることがあると言う。しかし、子供達は音楽やダンス・レッスンをしたいと思わなければならないと強調する。「私はつねづね彼らに言うことは、 私たちがしていないことで他の家族がしていること、例えば、海外旅行や貯金があるけれど、私たちはあなたたちのレッスンにそれを充てているのよ、というもの。しかし、もし 、私たちが彼らにNoと言ったら、今まで費やしたもの全てを否定したことになるのではないかと思っています。」

オーディションやステージ・ショーに出演するのと同時に、彼らはテレビコマーシャル出演やモデルとしても活動している。Hayleyの経歴には、演目”The Nutcracker”でRoyal New Zealand Balletとのダンスの競演やCanterbury Opera プロダクションで歌ったというものがある。また、ミュージカル”Rush”に出演した時の3人の写真がある。オーストラリアのプロダクションが主催した”Snow White and the Seven Dwarfs”の上演で、小人役が欠員した時、二人の姉妹はその代役を務め、リハーサルなしでその役を見事に成し遂げた。

3人の子供達は、お小遣い稼ぎのために、週末にArts Centreでバスキングを好んでよくする。この夏は、お客さんにじっくりと聴いてもらうため にポータブル・アンプと2つのマイクを買うほどの十分な稼ぎがあった。Hayleyは今、$4,000のヴァイオリンを買うために貯金をしている。しかし、 バスキングを始めた最初の頃は、演劇のリハーサルの後のランチ代を稼ぐためだけのものだった。彼女は、路上パフォーマンスには大変満足していると言う。「それは、 全く自給自足の感覚ね。お腹が空いて何もなかったら...でも、歌い始めれば、お金が得られるのよ。」

Hayleyが初めて公衆の面前に出たのは、6歳の時で、学校での演目”The Littlest Star”の主役を務めた時であった。バレエ服を着、厚紙で作った星のヘッドバンドを被って出演した時のことを彼女は思い出して話す。 その観衆の中には、彼女の父親Geraldが誇らしげにおり、彼は、涙を堪えるのに大変だったのを覚えていると言う。Geraldは子供達を寝かせるためにクラシック音楽を演奏した。それはHayleyの音楽の才能のためにとても良かったとJill側の家族は賞賛している。

Jillの父Gerald Irelandは耳コピーで楽器を演奏出来た。そしてJillの母、ShirleyはHayleyととても似たような声をしていたと言う。「私たちはWest Coastに住んでいました。そして、彼女は行くところ行くところで歌うようせがまれたのです。しかし、彼女には歌のレッスンを受ける機会がなかっただけなので、また、お金もかかるので、歌のレッスンやそのようなものを受け ませんでした。」Hayleyは、11歳になるまで正式な歌のレッスンを受けたことがなかった。自分達でもHayleyは素晴らしいとはわかっていたけれど、「Hayleyは並外れていると 言ってくれたのはいつも他の人たちでした。」とJillは言う。

”McDonald's Young Entertainers”シリーズの最終回に出演したHayleyを見た年配のファンは、彼女にレコーディングするよう強く勧めた。 友達や家族へのプレゼント用として約20枚のCDを作成した。しかし、Hayleyたちのバスキングを見た旅行者にそれらを全て売って終わってしまった。一人の女性が、Jillに彼女のハンドバッグの中にあったCDを売ってくれるよう お願いした。「私たちはこのCDを希望した旅行者の名前と住所を控え、Hayleyが一つ一つにサインをし、彼らが滞在している場所まで配達しました。」

それから、友達家族が$5,000を支払ってくれて1,000枚のCDを作成した。バスキングのときにも売れただろうけれど、いくつかのCD店ではそのCDを置いてくれ、すぐに売れ切れてしまったとJillは 言う。

その内の1枚がAucklandのエージェントGray Bartlett(現在のHayleyの代理人)に送られた。これを聴いた彼はとても感動し、Hayleyは歌だけではなく、踊ったり、演じたりできるので、ウェールズ出身のティーン・クラシック・アーティストCharlotte Churchを凌ぐと確信している。「私の机を何百というCDが通り抜けていく。その中でHayleyはずば抜けていた。私たちが長い間待ち焦がれていたビッグ・タレントに 彼女がなれることは疑いの余地がな い。」

その後、Universal Musicと契約することになった。New Zealandのマネージング・ディレクターのGeorge Ashは、世界的なクラシック・レーベルのDecca Recordsから取り戻すことはとても大きな取引であるという。「Deccaと契約することは、オリンピックで金メダルを取るようなものだ。」

Hayleyの歌を聴いた後、彼女のレッスンを申し出たDame Malvina Majorは彼女の声は特別なものであると言う。「彼女の声は音楽的に見れば、正真正銘本物です。美しい声を持っている若い歌手は多くいるけれど、 本来なら、その美しい声を清澄の域まで導いてあげなければならない。しかし、Hayleyはもともとそれが出来ています。」Dame Malvinaは、Hayleyには今よりも突き詰め たクラシック的な道か、ミュージカルの道か、という選択肢があるけれど、どちらに進むかはHayleyが成長し、声が成熟するまでなされないであろう、と言う。

一方、Dame Malvinaはよき指導者として、適切な呼吸法をHayleyに教えているので、Hayleyは無理な声の出し方をしないですんでいる。「全く大きな駆け引きは ありません。彼女がもう少し成長するまで、私は それほど大きな手助けはできないでしょう。私はただ、本当に彼女のために、彼女への友情のためだけにここにいます。彼らはNew ZealandのOsmonds家のような素晴らしい家族ですよ。」

 

Dame Malvinaは自身のこの指導を控えめに言っているかもしれない。しかし、Hayleyの評価はとても高い。「私は色んなことを 彼女から学んでいるの。彼女はとても素晴らしい人。私は彼女のパフォーマンスを何度も見ているわ。私はいつも彼女のことをスター として見ているの。そして、彼女から指導されていることはとても素晴らしいことなの。」

次のCDの計画があるが、彼女の今の生活や学校を優先させなければならない。4年生であるHayleyは、 スペシャリスト・ミュージック・クラスを受講中である。彼女は科学と語学が好きな教科で、ネットボールや演劇を楽しんでいる。クロスカントリー・ランニングでは、学校の代表でもある。昼食時には、ジムでウォールクライミングをしたり、ジュニア聖歌隊で歌っている。彼女のお気に入りのバンドは、Zed(NZのバンド)やU2である。しかし、誰かと歌えるチャンスを与えられるとしたら、彼女はイタリアのトップテナー、Andrea Bocelliと歌いたいと言う。「私は本当にショー・ソングを楽しんで歌っているわ。でも、クラシックやオペラ・ ソングも楽しんで歌っている。私は将来どの道に進むかはまだ決めかねているの。」

彼女はコンサート前には緊張すると言う。しかし、大観衆の前に出た時には平然としている。「私はいつも観衆を意識しているわ。でもとても集中している。観衆はたいていとても静か。最初の調子 合わせはとても大変なの。だって完璧に歌わなければならないから。一度皆がその歌に聴き入ってくれれば、 調子よくなるのよ。」彼女はNZでNO1になったことをとても喜んでいる、と同時に自分のポスターがお店に貼られていたり、サインを求められたりすることにとても違和感を感じている。「とっても変。ある時、学校から家 への帰り道で車からエールを送ってくる人がいたの。「僕達は君のCDを買ったよ」って。私は制服を着ていたのにどうして彼らが私だとわかったのか不思議だったわ。」

Geraldは、Hayleyが歌うための全ての要望をさばいてくれるエージェントを持つことが安心の材料である、と言う。「両親として「Hayleyはこれだけお金の価値がある」というのは難しい。」 また、Jillは、自分達が色々な招待を受けることについて、以前より洞察力が鋭くなってきていると言う。「依頼して来る人たちにとってはとても重要なことであるので、私達はどんな小さな要望に対してもいつもYesと言ってきて います。だから、いつも尋常でない生活を送っています。もし施設に歌いに行かないなら、私達にとってどのような意味があるかという感じだったので、Yesと言わざるを得ないような感じで した。」

「多くの人々は、Hayleyは子供だから何かあれば何でもするであろう、彼女は家族を養っているわけではないのだから、お金を支払う必要性はないだろう、と考えてい ます。しかし、そのような人たちが気付いていないことは、Hayleyが動けば、必ずその影に私たち2人の両親が仕事もしないで動いている、ということです。」

GeraldとJillは、Hayleyの成功が家庭生活に与えるであろう影響を忘れてはいない。だから、もう二人の子供達もツアーに出て、そのコンサートで素晴らしい役割を持つことになる。GeraldはDeccaにこう尋ね られたと言う。「「今後3年から5年で起こるであろう状況をWestenra家の人たちは覚悟しているのか?」と。 私たちはそのような状況には慣れています。でもどのレベルか?私たちは親として彼らのやりたいことをサポートする準備は出来ています。しかし私たちのサポートはHayleyやIsaac、Sophieの興味の範疇になければならない と思っています。」

Hayleyは歌うことに関してプレッシャーを感じていないと言う。「私は忙しいとは思っていないわ。私はパーティーやそのような自分の歌うべきところに行くの。だから私は そのような機会を見逃していないと思うわ。それから、私は退屈だなんて不満を言ったことがないわ。ただその時その時を一生懸命集中するだけなの。」

Jillは、これらから起こるであろうことが家族にとってよくないことであれば、場合によってはいくつか辞退せざるをえないかも、と言う。「きっと、私たちがイギリスに行って しばらく住むことはとても幸せなことだったでしょう。しかし、この家を失いたくない。財政的な安定性がなければならなかったでしょう。私たちは生活し続けられることを知らなければならな かったでしょう。皆HayleyとCharlotte Churchを比較します。しかし、Charlotteは全く異なった状況の中にいます。彼女は 一人っ子でこれからのことを考えなければならない兄弟姉妹は他にはいません。彼女の家族は既に首尾よくなんでもできるイギリスに住んでいます。」

例え、自分達の将来が時には少しばかり大変なことになっても、Hayleyが大人になるまで彼女の歌のキャリアに待ったをかけるのは十分な理由ではない、とJillは言う。「彼女が成長するまで待ったほうがいいと提案する人々は、彼女のこの魅力は、若さゆえのものだと思っている人たちで す。しかし、彼らのほとんどは、故意に窮地に陥れ、不愉快にさせたいだけの人たちだと思います。他の人たちは本当に好意的で、このようなチャンスは、一生に一度のものであることをわかってい ます。もし私たちが 時期尚早ということでHayleyのデビューをストップさせていたら、二度とこのような機会を得られなかったかもしれません。そうしたら、私たちはきっと後悔した ことでしょう。」


 

というものです。いかがでしょう?ご両親には、Hayleyや妹や弟に対する情熱を感じられるし、Hayley本人もそれほど気負っている様子もない。

どのような形で世界に発進されるのか、日本に紹介されるのか、とても楽しみである。

僕個人的な感想としては、もう2,3年はNZでじっくり練って、その後世界デビューというのがいいような気がするけれど。まぁ、そう思うのもやっと見つけた宝物を他の人に知らせたくない、という思いからかな。(笑)

 

戻る